獨協医科大学病院 総合診療医学 総合診療科 教授 志水 太郎 先生 ○ 出身地:東京都 ○ 出身大学:愛媛大学医学部(2005年卒) |
国立病院機構 栃木医療センター 内科副部長・内科医長 矢吹 拓 先生 ○ 出身地:埼玉県 ○ 出身大学:群馬大学医学部(2004年卒) |
総合診療の若手リーダーが語り合った総合診療医を目指す意義と栃木県でキャリアを歩む魅力について
総合診療医の専門性は一人ひとりの患者である
矢吹先生…私は最初から総合診療医を志していたわけではなく、大学卒業後は小児科に入局しようと決めていたんです。でも、卒業した2004年は初期臨床研修制度が義務化した年でした。2年間、いろんな診療科で研修していくなかで、小児科に診療範囲を限定せずに、もっと幅広く診療したい、普通のことが普通にできるようになりたいと考えるようになりました。それが総合診療に進むきっかけでした。
志水先生…私も初めから総合診療医の道に進もうと決めていたわけではないんです。きっかけは10年目くらいまでに勤務した様々な場所で何でも断らずに診なければいけなかったこと(笑)。でも、それが患者さんにとって良いことだと思いましたし、医師である以上、目の前に困っている患者さんがいたら、どんな状況であっても診療できなければならないと感じたんです。それが現在のキャリアにつながっています。
矢吹先生…私たちの時代とは異なり、2018年には19番目の専門領域として総合診療専門医の研修がスタートするなど、体制が整備され、学生時代から総合診療に興味をもつ人も増えてきていますが、実際に総合診療医を目指す医師は、まだまだ少ないのが現状です。
志水先生…要因の一つとして、臓器別とは異なり専門性やキャリアパスが見えにくいことが挙げられるでしょう。
矢吹先生…臓器別専門医の領域では、何を学ぶか、何を研鑽すべきかといった指標が比較的明確なことが多いですが、総合診療医の専門性は概念的なものが多く少しわかりにくいですよね。
志水先生…扱う領域は広く、問題解決されていない未分化の疾患と対峙することも多いですからね。
矢吹先生…総合診療医のコンピテンシーだけでは、具体的に何をすれば良いか見えにくいという声も聞かれます。
志水先生…それと、総合診療医は幅広い診療知識が必要なので勉強が大変だというイメージをもっている方も多くいます。でも、勉強量はどの領域に進んでも差はないと思います。たとえば眼科の先生は目のことはものすごく詳しい。知識の掘り方が違うだけなんですよね。
矢吹先生…総合診療医の専門性は様々な専門性を横断的に越境していくことにあると思っています。私達の担当する領域は、場所や患者さんによって異なり、患者さん個別の状況や背景(コンテキスト)に合わせた診療を行うのが特徴ですね。
志水先生…総合診療医の専門性は何かと言われれば、一人ひとりの患者さんを全体としてケアできる力だと思います。
矢吹先生…患者さん一人ひとりの訴えや悩みの最初の相談役として対応しつつ、様々な専門家と協働しながらその患者さんにとって最適な解決方法を導きだすのが総合診療医なんですよね。
志水先生…私のところ(獨協医科大学病院総合診療科)には他県からも診断が難しい患者さんが訪れますが、総合診療医の役割は診断を付けることが必ずしも中心ではなく、患者さんの心身の健康面、生活背景、経済状況などを包括的に診て、その患者さんの本質的な問題を見つけ、解決に導くことが大事な役割ということも多いです。
矢吹先生…それをできるのが総合診療医ならではの強みですよね。
総合診療医は時代のニーズ。ますます必要不可欠な存在に
矢吹先生…日本は高齢化が加速しており、複数疾患や多様な問題を抱えている患者さんも多くなっています。総合診療医は、そうした複雑性や不確実性が増すなかにあっても問題解決を図ることができる医師です。これからの日本の医療にとって総合診療医の必要性が高まり、活躍の場は広がると思っています。
志水先生…複数疾患を抱え、複雑性や不確実性が増す現在の診療において、幅広い疾患を診ることができる総合診療医の存在はとても重要です。診断が間違ったり遅れたりすることで患者さんの身体的負担も金銭的な負担も増えてしまいます。総合診療医によって正確な診断が行われ、適切なケアを行うことで、患者さんへの負担軽減やポリファーマシー(多剤併用による薬物有害事象)も防ぐことができますし、引いては医療費を抑制できるなど医療経済的にも大きなメリットをもたらします。
矢吹先生…高齢者の中には治療が終わったけど以前のように動くことができない、食べられないといった患者さんも増えてきます。このような状況を特定領域の専門性だけで解決していくのは非常に難しく、専門性を発揮しにくいのが現状です。一方で領域横断的な総合診療医は、適切な専門科や他の医療機関につなぐというゲートキーパーやケアの調整役としての役割も担うことができます。諸外国では総合診療医の必要数を政策としてしっかり定めている国もあるほど重要な存在なんです。
志水先生…私が獨協医科大学病院に総合診療科の開設で着任した際、最初に病院から言われたのは、『みんなを助けてほしい』という言葉でした。救急で困ったら診てほしいし、難しい診療があれば助けてほしい。総合診療医はそれができる医師たち。先生方や多職種の方々からも必要とされていますし、感謝されることも多いですよね。
矢吹先生…これからの時代、総合診療医はクリニックにも市中病院にも大学病院にもますます必要となるでしょう。総合診療医がいろんな場所にいることが当たり前になってほしいです。
志水先生…総合診療医を増やすには、若い先生方に総合診療についての魅力をもっと知っていただければいいなと思います。
矢吹先生…若手にとって、総合診療医のキャリアパスについて明確に示していくことが重要だと思います。
志水先生…キャリアパスでいうと、総合診療の魅力の一つとして、一生続けられることが挙げられます。年齢による体力や視力の衰えなどによって腕が鈍ることはありません。むしろ蓄積されてきた知識と経験が大きな武器となっていきます。
矢吹先生…総合診療医ってキャリアとしてどうなんだろうと心配される方も多くいますが、活躍の場は幅広く、キャリアパスは多彩だと感じています。私自身は、大学の医局に一度も所属したことがありませんが、市中病院で成長することができていますし、総合診療医という仕事に大きなやりがいを感じています。若い先生方に総合診療医として楽しく仕事をしている姿を見せることも我々の大事な役割だと思います。
志水先生…総合診療医は大病院、クリニック、在宅医療、そして都市部、へき地と、どんな場所でも活躍できることや、どのような業務でも自分で選択できることから職場の幅も広がることや、臓器別の医師ができない案件も担当できることもあるので、結果的に売り手市場で、QOL の高さも特徴です。地域医療を支えたり、各診療科につなぐ役割を担ったり、医師偏在問題を解決に導く存在でもあり、社会貢献度も非常に高い分野だと思います。
総合診療の素地があり研修環境としても最適
志水先生…「大学病院はコモンな疾患があまり診られない」と言われがちですが、少なくとも栃木県の場合は違うのではないかと思います。都内のように周りにたくさん病院がないため広い範囲から多彩な患者さんが訪れますし、救急なども多く受け入れるので大学病院であってもコモンの経験を豊富に積むことができます。
矢吹先生…栃木県には2つの医科大学がありますが、自治医科大学は地域医療を支える医師を養成する特殊性がありますし、獨協医科大学も比較的新しくできた医学部なので、大学病院がその地域を強力にマネジメントしている県とは異なるんですよね。私が初めて栃木県に来て驚いたのは、病院に勤務している先生方のバックグラウンドが多種多様であること。外から来る人に対してとても優しく迎えてくれる風土があることでした。また、地域で働いている先生方の中にも総合診療的な考え方を持って活躍されている先生方が多いです。
志水先生…多様なバックグラウンドのある医師や指導医がいることは、いろんな考え方や臨床に向かう姿勢を吸収できるなど、研修やキャリアを歩む上でも魅力ですよね。
矢吹先生…栃木県は医師数が少ないこともあり、総合診療を実践されている先生方がたくさんいます。また、栃木医療センターの内科では、専門医が少ない分、ゲートキーパーとして総合的に診ることが普通の診療体制になっているので、特別なことをしている感じはないんです。栃木県には総合診療医が活躍できる素地があり、総合診療を実践する力を獲得しやすい環境だと思っています。
志水先生…栃木県は初期研修の場としても非常に最適な環境ですよね。こういう言い方は適切でないかもしれませんが、栃木県は、どの診療科でも質が高く多様な経験値を積むことができる研修の“穴場”だと思っています。宇都宮から東京まで新幹線で約1時間とアクセスも良いことも魅力です。
矢吹先生…総合診療専門研修プログラムの連携についても重要だと感じています。自治医科大学、獨協医科大学、当院(栃木医療センター)など、総合診療専門研修プログラムのある病院同士が普段から密に連携を取っており、月に一度、合同の連携会議を開催して情報交換を行ったり、栃木県内の総合診療専門研修プログラムの専攻医たちが定期的に集まってポートフォリオの合同発表会や勉強会を開催したりしています。
志水先生…栃木県は総合診療医を目指すのに最良の環境だと思いますし、総合診療の力を獲得しやすいため初期研修・後期研修の場としても相応しい場所だと思います。
医学生や研修医の方々へメッセージ
志水先生…医師になって最初の10年間は医師としてのスキルや人格形成のベースをつくるのにとても重要な時期です。この時期は、たとえば腕立て伏せを10回するとしたら、11回目まで追い込んでみる意識が大切。あと一回の頑張りが、10年後に大きく活きてくるはずです。最初の10年間は、もう一歩踏み込んでみることを意識して研修や自己研鑽に努めてほしいですね。素晴らしい医師人生が待っているはずです。自分のできること、やれることを一所懸命に頑張ってください。
矢吹先生…将来どの診療科に進むにしても、ひとつひとつの経験をじっくり丁寧に取り組み、振り返ることが重要だと感じています。患者さんと出会ったときに、生物医学的なことだけではなく、患者さんの背景を知り、コミュニケーションを学ぶことが、医師としてのやりがいや楽しさにもつながります。また、結果的にそういった姿勢は患者さんにとってもプラスになると思います。日々の丁寧な診療の積み重ねによって、10年後は今では想像できないような違う景色が見えるようになっているはずです。栃木県にはそれを一緒にできる多くの仲間がいますし、ロールモデルとなる優れた総合診療の先輩もたくさんいます。一緒に皆さんと成長していければと思います。