特集|とちぎの「へき地医療」

宮澤 保春 / 新妻 郁未 / 古橋 柚莉

南那須地区広域行政事務組合立 那須南病院 / 佐野市国民健康保険 野上診療所 / 日光市立国民健康保険 栗山診療所

南那須地区広域行政事務組合立 那須南病院
病院長
宮澤 保春 先生
佐野市国民健康保険 野上診療所
所長
新妻 郁未 先生
日光市立国民健康保険 栗山診療所
所長
古橋 柚莉 先生

目指すキャリアも実現可能。
医師としての幅も広がるとちぎの「へき地医療」

これまでのキャリアと現在の勤務先について

宮澤病院長…私は自治医科大学の10期卒(1987年卒)になります。大学卒業後は自治医科大学附属病院で初期研修を行った後、2年間、上都賀総合病院に内科医として勤務しました。その後、医師一人体制である新合診療所(佐野市閑馬町)の勤務を経て自治医科大学附属病院に戻り、神経内科を専門に勉強しました。2000年に「那須南病院」(那須烏山市)に赴任し、2003年に副院長、2015年に院長に就任して現在に至ります。専門は神経内科ですが、内科総合医として内科全般の診療にも携わっています。

新妻所長…私は自治医科大学の38期卒(2015年卒)で、現在医師9年目になります。出身地は宮城県なのですが、現在は栃木県で働いています。初期研修は自治医科大学附属病院で行い、3年ほど宮城県内の二次救急病院に勤務、東北大学病院で総合感染症学分野を学んだ後、日光市民病院に2年間勤務し、2023年から「野上診療所」(佐野市白岩町)に勤務しています。

古橋所長…私は自治医科大学の40期卒(2017年卒)で、現在医師7年目です。初期研修は自治医科大学附属病院で行い、後期研修で自治医科大学救急科の救命救急センターに入局しました。5年目に芳賀赤十字病院の救急科に勤務し、2022年から「栗山診療所」(日光市黒部)に勤務しています。

新妻所長…野上診療所は医師一人体制の診療所ですが、事前に連絡を行い、近隣の佐野市民病院へ代診の相談をすることもできますし、週に一回、応援の先生が外勤として来てくださり、とても助かっています。働き方としては、一週間のうち3日間は診療所で外来やワクチン接種業務などを行い、木曜日は往診、そして週に一度、新合診療所(佐野市閑馬町)の代診にも行っています。同じ医師一人体制の診療所でも患者さんの年齢層や疾患の層も異なり、とてもいい経験になっています。さらに週に一回、研究日として自治医科大学に行き、感染症科の勉強もしています。

古橋所長…栗山診療所でも外来に加え訪問診療もしています。私は栗山診療所に勤務するまで救急医療に携わってきたため、木曜日は研究日として、宇都宮市内のクリニックで内科外来と訪問診療を学んでいます。それと、一般に医師一人体制の診療所は休みも取りにくいというイメージを持っている方もいると思いますが、栗山診療所は日光市立の診療所なので、勤務形態としては役所と同じであり、土・日は完全に休みという非常にホワイトな働き方ができることも特徴です。

勤務先の特徴・機能や地域連携について

宮澤病院長…那須南病院は栃木県那須烏山市にある、150床のへき地医療拠点病院です。半径30kmに救急を担う病院がないため、この地域の救急医療を一手に引き受けており、多種多様な疾患・臨床的問題に対応しています。栃木県のなかでもいまや唯一の純粋な公立病院であり、この地域に無くてはならない病院として栃木県からの自治医大卒医の派遣、自治医大・獨協医大からの医師派遣により、フレッシュな若手の先生が比較的多い環境です。また、各科の垣根も低いので医師同士で相談しやすく、職員全員の顔がわかる規模であるためコミュニケーションの取りやすさも魅力です。コロナ禍でも職員が率先してドライブスルー検査体制やコロナ患者入院体制を構築したことで、地域のコロナ診療に大きく貢献することができました。

古橋所長…栗山診療所は医師一人体制であり、所長は代々、自治医科大学の医師が数年毎に務めています。患者さんや地域の方々と顔馴染みになったと思ったら別の医師に変わってしまう、という少しマイナスの面もありますが、新しい目が入ることで最新のエビデンスに基づいた医療を提供できるといったプラスの面は大きいと思います。有難いことに住民の方から自治医科大学医師への信頼は厚く、患者さんは何十年も診療所に通っている方ばかりです。

新妻所長…診療所は“重い病気になってから行くところ、具合が悪い時に行くところ”ではなく、“日常生活の一部、人生の一部”として地域住民の方々と長いお付き合いをできることが魅力だと感じています。連携でいうと、高次医療機関などに入院が必要な患者さんを紹介したり、検査依頼などでもスムーズな連携を取っています。

古橋所長…栗山診療所の場合も、他のへき地の診療所と同じように、地域住民の家庭医としての役割を担い、どんな症例でもまずは診て、重症度を判別し、必要なら専門病院に紹介します。診療所ではできない検査・診断・治療を目的に他病院に紹介することがよくありますが、迅速に紹介できる良好な関係が築けていますし、診療所単位では購入しにくい設備を市内の他の診療所と共同で購入、利用したり、物品なども一緒にまとめて買ったりしているので、小さな診療所ですがあまり困ることはありません。

宮澤病院長…へき地医療の現場では連携も非常に重要となりますよね。那須南病院では、高度な治療が必要な患者さんは大田原や宇都宮方面、あるいは自治医科大学附属病院や獨協医科大学病院などの高次医療機関に対応していただき、治療後は当院でしっかりフォローしています。転送となると大学病院までは1時間位と距離が遠いですが、2010年から獨協医科大学病院を基地病院としてドクターヘリが運航されるようになり、距離的な問題は緩和されるようになりました。

「へき地医療」に携わるやりがいや醍醐味とは

古橋所長…へき地の診療所に勤務して、病院勤務との一番の違いを感じたのは“時間の流れ”です。へき地では、専門治療を受けられる病院まで距離が遠く、移動時間も掛かるため、早期発見はもちろん、疾病予防、健康維持も非常に重要となります。そのため、患者さんの生活背景や家庭環境もみる必要があり、患者さんと接する時間も診療所の方が長くなりますよね。

新妻所長…へき地医療は病気だけではなく“人を診る”医療を実践できることが特徴です。その特性上、日頃から一人当たりの患者さんとお話しする時間は長く、一人ひとりの患者さんの考え方生活状況・家庭状況などに関して理解が深まります。そのように過ごしていると、いざ有事が起こった時や、老いや病と向き合わねばならなくなった時に患者さん本人やご家族の意向を尊重した提案をしやすくなると感じています。

宮澤病院長…へき地医療に従事する大きな特徴として、患者さんやそのご家族との距離や生活に非常に近いことが挙げられます。大規模な病院では短期間の入院治療が求められるようになってきており、どうしても医療技術が重要視され、治療が終わったら「さようなら」という状況になりがちです。しかし、へき地の病院では救急から入院治療、リハビリ、退院後の外来通院と継続して長く患者さんと関わることができ、一人の人間としての患者さんの幸せに貢献しているという実感を得やすいですよね。

新妻所長…そうですよね。へき地医療の現場は医療資源が乏しく、医師数も少ないため、大規模病院のような医療を患者さんに提供することは難しいですし、患者さん側にも独居で頼れる人手がいないなどそれぞれの事情があります。また、専門病院に紹介するといっても遠方にあり、地域の外に出ることを望まない患者さんもいらっしゃいます。そうした状況にあるなか、教科書的第ー選択の治療ができなくても、患者さんの生活、家庭、仕事、地域の背景事情まで考慮し、「いま私にできる最善の方法は何なのか」「いかに最良の医療を届けることができるか」を考え、患者さんを取り券く状況と折り合いをつけていく。そうしたところに医師としての面白さや醍醐味を感じます。

古橋所長…栗山診療所のある栗山地域の高齢化率は約57%で、しかも全世帯の半数が独居です。ちょっとした怪我や病気により、容易に自宅で過ごせなくなってしまう危険性を孕んでおり、さらに地理的な問題から受けられる介護サービスにも限りがあります。このような地域ですから、がんの末期状態の患者さんの訪問診療を開始したときには課題が山積みで、さらにコロナ禍真っ只中だったため入院すれば最期を看取れない可能性もありました。地域の多職種の方々と相談しながら、時間帯に応じての担当者を決めたり、患者さんやご家族に今後の対応策などを丁寧に話し、最終的には安心して在宅療養の継続を決断されました。そして最期は自宅で家族全員で一緒に歌を唄いながら見送ることができたんです。とても良い看取りができたとスタッフみんなで讃え合いました。

宮澤病院長…そうした経験ができることもへき地医療の魅力でしょう。大規模病院や大学病院では、患者さんを短期間で治療をして返さなくてはいけない役割もあるので、どうしても病気を治すことが主眼となります。医療施設の規模が小さくなればなるほど、地域に行けば行くほど、患者さんの生活背景を考慮しながらマネジメントする場面も多くなり、また医師個人の存在も大きくなるため自分の力でやっている実感も得られます。地域社会において自分の存在感を示しやすく、自分が社会に貢献しているという思いを持ちやすいことは、医師としての大きなやりがいに通じると思います。

古橋所長…それと、へき地での医療は検査結果が直ぐに出なかったり、精密検査ができないこともあり、“遅れた医療をしている”というイメージを持っている方も多いと思いますが、決してそうではありません。現在はネット環境が発達し、どこにいても世界の最新の医学知識が手に入り、標準的な医療を提供することができます。さらに地域医療ではその地域のことが良く見えるため、患者さんや住民との対話によってさまざまな情報を得ることができ、それが早期発見や診断のきっかけになることがよくあるんです。患者さんが気を許して時にペットの名前などプライベートなことを話してくれたときは、「やった!」と思いますね。

宮澤病院長…それも医師としての大きな醍醐味ですよね。私は那須南病院に20年以上勤務していますが、初診患者さんから「以前、おばあちゃんが入院したとき大変お世話になりました」などと言われることがよくあります。10年や、ときに20年も前の事で忘れてしまっていることもありますが、患者さんやご家族にとってはやはり大きな出来事なんですよね。へき地医療の現場ではそれだけ医師の存在意義は大きく、自分が頼りにされ、必要とされているんだなと感じることができます。

新妻所長…私の場合、これまで患者さんに「先生だからお話しできる、先生だから頼みたい」と言ってもらえることがありました。なかには、予後不良の病気を抱え「治らない病気だからこそ、話のわかってくれる先生に診てもらいたいんだ」と言ってくれた方もいました。このように、信頼してもらえることは医師としての大きなやりがいとなっていますし、自分が診療を続けていく強い力になっています。

宮澤病院長…へき地医療を担う医師は、単に病気を治すだけではなく、“患者さんをどう幸せにしてあげるのか”を考え、追究していくことが大事なことだと思います。病気も生活も診て、患者さんを幸せにしてあげる。それが実現できたときの大きなやりがいや達成感は、へき地医療だからこそ得られるものだと思います。

「へき地医療」の現場で求められる能力とは

宮澤病院長…誠意を持って一人ひとりの診療にあたることが大切だと思います。また、へき地診療所でも私のいる地方中小病院でも共通していることは、紹介先の医療機関が遠方にあるため、医学的にどのタイミングで紹介すべきかの見極めも重要となります。

新妻所長…そうですよね。それと、へき地医療の現場では医療の幅広い一般知識はもちろんですが、介護や保健分野の連携も非常に重要となります。大学の授業でも習いますが、「このような介護や保健の制度があります」といった知識だけではなく、介護や保健分野に医師としてどのように関わることができるか、お互いにどのように助け合ったりできるのかなど、“制度の活用の仕方”を勉強しておくと、へき地医療の現場で非常に役立つと思います。

古橋所長…私が診療所に勤務して感じたことは、医学生時代はコモンよりもアンコモンな疾患をたくさん勉強しがちなんですが、実際に診療所で診る患者さんの8、9割は高血圧、脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病なんですよね。生活習慣病のフォローアップ期間だったり、使用する薬の副作用だったり、そういったコモンの知識や対応をしっかり勉強しておかないと外来診療はできないんだなと感じました。

宮澤病院長…それと、医師一人体制の診療所では最新の医療情報をどのようにして集めるかということも重要になります。現代はネット社会ですので、どこに居てもさまざまな情報を入手することができますが、分からない症例に遭遇して誰かに相談したいとき、同級生、先輩、後輩など気軽にアクセスできる人脈を築いておくと、医師一人体制の診療所でも安心して診療できるのではと思います。

へき地における生活面の特徴や魅力について

古橋所長…私の場合、栗山診療所のある栗山での生活にどっぷりと溶け込んでいますね。住民の方々が、自分の孫みたいに接してくださるのでとても嬉しいですし、患者さんの畑の一角を借りて、近所の方と一緒に野菜を作ったり、採れた野菜をいただいたり、ご馳走になったりと、食事面では全く困ったことはありません。

宮澤病院長…私も独身時代に医師一人体制の診療所に従事した経験がありますが、自炊なんてしたことがなかったので最初のころは生活に苦労しましたね。古橋先生のように家の庭に畑を作ったのですが、隣のおじさんが見るに見かねて手伝ってくれたり(笑)。とてもいい思い出です。

古橋所長…生活面で唯一苦労したことといえば、栗山は寒冷地帯で冬は積雪もあり、昨年の冬に洗濯機が凍って動かなくなってしまったことですね(笑)。そんなときも住民の方に助けてもらいました。

新妻所長…私には小さな子どもがいますが、野上診療所のある野上地区は保育園が廃園となっており、小学校も閉校されているため子育てのある私にとってここでの生活は難しく、市外から車で片道80分位掛けて通っています。佐野市は、夏は暑くて有名ですが、佐野市の野上地区は若干標高が高い場所なので佐野市内よりは涼しいんです。山がとにかくキレイなので写真映えが良く、カメラを持った人がよく訪れていますし、ドラマのロケに使われるなど風光明媚で凄くステキな場所なんですよね。

宮澤病院長…こうした自然豊かで閑静な場所は心豊かに過ごせますし、子どもが育つ環境としても非常にいいとろだと思います。私の子どもは自然豊かな那須烏山で育ち、現在は大人になって独り立ちしましたが、そこでの日々が今でもまぶしく、とても印象に残っていると言っています。

新妻所長…私たちの時代はへき地で生活をしていてもネット通販は届きますし、ネットでさまざまな情報も入手することができます。近所にコンビニやスーパーがなくても、現在は冷凍食品がものすごく進化し美味しくなって、食事に困ることもそうそうありません。以前と比べて遥かに生活しやすくなっていますよね。

宮澤病院長…那須南病院について言えば、地方小都市なので生活の問題はありません。スタバはありませんが、ショッピングセンターやファミレスはあります。それに昔と違って道路が整備されてきたので、車があれば生活に困ることはないと思います。

キャリアとしての「へき地医療」と医学生・研修医へのメッセージ

古橋所長…自治医科大学の卒業生には、へき地医療に9年間の勤務義務があるため、専門医資格の取得が遅れたり、診療科によっては専門医資格が取れないなどキャリアとして目指すことが難しい専門科もありました。新専門医制度が始まる前は先輩方がすごく苦労されていましたよね。しかし、私の世代くらいから自治医科大学の先輩方や「とちぎ地域医療支援センター」の方々の尽力もあって、専門医取得のサポートが充実し、ほとんどの診療科の専門医を目指すことができるようになったんです。

宮澤病院長…そうですよね。栃木県ではへき地医療に従事していても、専門医資格の取得にもしっかり配慮した働き方ができるようになっています。那須南病院について言えば、内科・外科・総合診療は指導医がおり、専門医研修もできます。また当院には常勤での派遣医師も多く、人事異動もあるので、常に新しい医療に触れることができます。特定の診療科については大学から非常勤医師の派遣をしてもらったり、特殊性の高い手術などではスポットで大学病院から術者に来てもらうなど医療レベルの向上を図っており、医師としてしっかりレベルアップできる環境です。

古橋所長…私は救急科専門医を取得しましたが、専門医を取得するために必要なキャリアプランを「とちぎ地域医療支援センター」の方々に親身に相談に乗っていただき、かなり手厚いサポートをしていただきました。へき地医療に従事することは専門医取得の大きな足かせになると感じている先生もいるかもしれません。確かに、へき地医療への従事はストレートに専門医資格を取得することは難しいかもしれませんが、へき地医療に従事するタイミングを調整すれば、資格取得に時間が掛かることはありません。

新妻所長…私の場合、初期研修ではやりたいことを見つけられずに2年間が終わってしまったんです。大学病院から外に出て、地域の小中規模病院やへき地の診療所を経験したことで、大学病院以外の医療の在り方や役割を知ったり、「自分はどの診療科に向いているのか」「どのような規模の医療機関で働きたいのか」といった、自分が目指すべき将来のキャリアをじっくり考える貴重で有意義な経験となっています。

宮澤病院長…医師人生の多くは忙しい毎日です。へき地診療所での勤務は雑事が少ないので、じっくり医療のこと、人生のことを考えても良いし、忙しい病院時代にできなかった座学の勉強や、研究テーマを考える時間に充てるなど、その後の長い医師人生の貴重な準備期間にできることも魅力でしょう。

新妻所長…そうですよね。私も地域に出たことで医師として考えの幅が広がったと実感しています。そういったことも含め、地域医療の経験は長い医師人生のなかでとても有意義なことだと思います。一人でも多くの医師に栃木県の地域医療を経験してほしいですよね。

宮澤病院長…誠実に一所懸命に頑張って医療に取り組めば、自然と実力もついていくはずですし、特に吸収力の大きい若いうちに知識・技術を習得することはとても有効でしょう。医師人生は長く、働き方も多様であり、へき地医療の経験はその後のさまざまな場面において大きく活かされるはずです。そして、医師としての実力は卒業して何年かで完成するものではなく、常に勉強、経験をし続け、ステップアップを繰り返しながら実力を高め続けていくもの。医師人生を長い視点で捉え、そのときどきの経験を大切に、目の前の医療に一所懸命に取り組んでほしいと思います。

パンフレット「医心伝心トチギ医ズム2023 vol.3」で見る。